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2017-03-02

南アフリカ共和国留学体験記(LAL Cape Town)―ヨハネスブルグの特色と観光―

こんにちは。ノバリのYuです。南アフリカ共和国を政治的視点で見ると、人種差別として有名なアパルトヘイト,その撤廃に尽力したネルソン・マンデラ氏。そして、多くの黒人の目覚めのきっかけとなったソウェト蜂起。ヨハネスブルグは、南アフリカ共和国の最大の都市であり、観光もアパルトヘイトに関連するものが数多くあります。大人の教養として、アパルトヘイトを再学習していただければ幸いです。

アパルトヘイト博物館


まず、チケット売り場の後方で巨大なネルソン・マンデラ氏の写真が私達を出迎えてくれます。やはり、マンデラ氏はアパルトヘイトの代名詞的存在ですね。館内では写真撮影不可なので、ここで記念写真を撮ることをおすすめします。入口は何と白人用と非白人用に分かれていて、人種差別の疑似体験が出来るようになっています。私は非白人の入口から入館したのですが、肌の色でレッテルを貼られるのはもちろん初めてですね。日本では得られない経験だと思います。館内はそれ程大きくはないのですが、アパルトヘイトの当時の様子を伝えております。あまりにも生々しいので、人間として切ない気持ちになり、深い悲しみを感じました。ただ、マンデラ氏の生前の映像も至るところで紹介されていて、正義のために生きる勇気をいただきました。信念を貫き通すのは、偉人なり英雄の条件なのでしょう。

ソウェトエリアとマンデラ・ハウス


ソウェトエリアは、アパルトヘイトの迫害の象徴の地とも言えます。特に1976年6月16日の黒人学生と警察が衝突して、多数の死傷者を出したソウェト蜂起が有名です。ヘクター・ピーターソン博物館の広場で、当時13歳のヘクター・ピーターソンの射殺された写真を見た時、私は胸が張り裂ける思いでした。なぜなら、私の幼少期の事件であり、同時代を共に生きていたからです。彼の意思を継いだ若者達が時代を変えたのだと私は信じています。マンデラ氏が14年間暮らしたマンデラ・ハウスもソウェトエリアにあります。自伝の中でも「8115の家は世界の中心であり、精神的にも非常に重要な地点として位置づけられている」と述べられています。小さな家ですが、マンデラ氏の大きな精神的支柱であったのだと思います。

コンスティチューションヒル


この丘は、19世紀末にイギリス兵とボーア人が戦ったボーア戦争のあった場所です。ソウェト蜂起では多数の黒人が逮捕された地でもあります。アパルトヘイト時代は旧刑務所であり、ガンジー氏とマンデラ氏が共に収監されていました。私は小さな展示室で、尊敬するお二人と写真を撮りました。人類の師の前では、気が引き締まり謙虚にならざるを得ないですね。現在この地に、最高裁判所が建っているのは歴史の教訓のためでしょうか。

まとめ…涙を流しながらの執筆は初めてで、アパルトヘイトの歴史にはドラマがあります!

ヨハネスブルグのサントンエリアは治安も割と良いので、観光の拠点になります!


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